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名古屋地方裁判所 昭和45年(ワ)1812号 判決

原告

長谷川一富

被告

塩屋勝喜

主文

被告は原告に対し、金四、一九五、四三四円とこれに対する昭和四二年一〇月三日から支払ずみまで、年五分の割合による金員を支払うべし。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

この判決は、原告勝訴部分にかぎり、かりに執行することができる。

事実

第一、申立

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し、金六、〇〇〇、〇〇〇円と、これに対する昭和四二年一〇月三日から支払ずみまで、年五分の割合による金員を支払うべし。訴訟費用は被告の負担とする」との判決と仮執行の宣言を求め、被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた

第二、請求の原因

一、本件事故

原告は、次のような交通事故によつて傷害をうけた。

(一)  とき 昭和四二年一〇月二日午前一一時四〇分頃

(二)  ところ 愛知県江南市大字両高屋字旭四六の一〇番地先路上

(三)  加害車 被告運転の営業用普通貨物自動車(名古屋8う―三二号)

(四)  被害者 自転車に乗車中の原告

(五)  態様と傷害の部位、程度 被告が加害車を運転し、前記場所を南進中、対向北進してきた原告乗車の自転車と衝突し、原告に対し、頭部外傷、前頭部後頭部挫傷、右肩右腕部挫傷、両側大腿部挫傷等の偽害を負わせ、そのため原告は、同日から昭和四二年一一月二七日まで五七日間昭和病院で入院治療をうけ、さらに引続き昭和四三年四月六日まで五カ月間同病院に通院治療をうけているが、労災等級七級四号に該当する後遺症を残している。

二、被告の責任

被告は加害車を運転し、事故当時、時速四〇キロメートルで南進していたが、当時道路は降雨のためぬれており、スリツプしやすい状態であつた。したがつて交さ点を通過するにあたつては、交さする道路の車両状況に注意するとともに、速度を落とし、急ブレーキによるスリツプ事故を避けるよう注意する義務があるのに、これを怠り、同一速度で漫然進行したため、交さ点約八米手前で、左方(東側)道路から交さ点に西進する自動車を認め、これとの衝突を避けるため、急停車の措置をとり、ハンドルを右に切つたが、降雨のためスリツプし、加害車は進行方向道路右側(西側)に滑走し、たまたま道路西端を対向北進中の被害者に衝突し、原告に対し前記傷害を負わせたもので、被告は民法七〇九条により、右のような過失にもとづく本件事故について、原告のうけた損害を賠償する義務がある。

三、損害の数額

(一)  付添看護費用 三六、六九七円

(二)  入院雑費 一七、一〇〇円

(三)  休業損失 二九四、〇四〇円

原告は、事故当時乳牛七頭を飼育していたが、本件事故により、飼育できなくなり、獣医師岩井正忠に昭和四二年一〇月二日から同月九日まで飼育してもらい、同人に飼育料一六、〇四〇円を支払い、同額の損害をうけ、さらに本件事故のため、右乳牛飼育を継続できなくなつたので、同月八日、右乳牛七頭時価一、〇五八、〇〇〇円のものを、七八〇、〇〇〇円で売渡し、その差額三七八、〇〇〇円の損害をうけた。

(四)  逸失利益

原告は、事故当時単独で乳牛飼育、農業、養蚕を業としていたが、右事故による傷害のため、稼働能力を全く失つてしまつた。原告は、事故当時六一歳の健康体で、今後少くとも七年は、右業務に従事できた。そこで右七年を稼働期間として、逸失利益を算出すると、次のとおりとなる。

(1) 乳牛関係 四、〇二三、〇〇〇円

原告は、昭和四一年中に、飼育する乳牛七頭の牛乳を江南市草井酪農組合に出荷し、その数量二七、九七八・六キロ、出荷価格合計一、三七〇、〇〇〇円にのぼつている。乳牛の飼料その他の必要経費は、右出荷価格の半額程度であるから、これを控除すると純利益は六八五、〇〇〇円となる。そこで、右純利益を基礎とし、事故後七年間に得られる利益を、ホフマン式計算法により、年五分の中間利息控除して算出すると、その現価は四、〇二三、〇〇〇円となる。

(2) 農業関係 四九九、〇〇〇円

原告は、事故当時畑二反四畝、田二反四畝を耕作していた。収獲物のうち米だけについて計算すると、四一年中に米一五俵を収獲し、一俵について、価格八、五〇〇円であつたから、同年中の収入は一二七、五〇〇円となる。このための必要経費は収入の三分の一であるから、これを控除すると八五、〇〇〇円が同年中の純利益となる。これを基礎として、事故後七年間の利益を、前記方法により算出すると四九九、〇〇〇円となる。

(3) 養蚕関係 九四五、〇〇〇円

原告は、昭和四二年中に、村久野農業協同組合に繭一三四・二キロを出荷し、一キロ当り一、二〇〇円、合計一六一、〇〇〇円の収入をえた。飼料の桑は、原告耕作の桑畑から収獲したものをあて、養蚕器具などは永久使用にたえるものであるから、右収入についての必要経費はない。そこで右収入を基礎とし、事故後七年間の逸失利益を前記同様の算出方法によつて算出すると、その現価は九四五、〇〇〇円となる。

(五)  慰藉料 二、〇〇〇、〇〇〇円

原告の本件事故によつてうけた傷害の部位、程度、後遺症の内容、程度、その他諸般の事情からして、原告の苦痛を慰藉するには、少くとも二、〇〇〇、〇〇〇円以上が相当である。

(六)  弁護士費用 五〇〇、〇〇〇円

(七)  損益相殺

原告の本件事故による損害は以上合計八、三一四、八三七円となるところ、自動車損害賠償責任保険から一九〇、二九六円の給付をうけたので、これを控除すると八、一二四、五四一円となる。

四、請求額

よつて、被告に対し、右損害八、一二四、五四一円の内金六、〇〇〇、〇〇〇円と、これに対する本件事故の翌日である昭和四二年一〇月三日から、支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

第三、被告の答弁

請求原因一の(一)から(四)までの事実と、原告が、本件事故について、自動車損害賠償責任保険金一九〇、二九六円を受領したこと、は認める。その余の原告主張事実は争う。

第四、証拠〔略〕

理由

第一、本件事故の発生と被告の責任

原告主張の日時、場所で、主張の加害車と被害者が交通事故を起こしたこと、は当事者間に争いがなく、〔証拠略〕を合わせ考えると、右交通事故の態様、被告の過失内容となる事実関係、原告のうけた傷害の部位、程度は原告主張のとおりであること、が認められ、ほかに右認定を動かすに足る証拠はない。右認定によると、被告は本件事故について、速度を調節し、急激な制動措置を避けるべき注意義務を怠つた過失があるものというべく、これにより生じた本件事故について、民法七〇九条により損害賠償義務をまぬがれない。

第二、損害

一、付添看護費用 三六、六九七円

〔証拠略〕を合わせ考えると、原告は入院期間のうち昭和四二年一〇月二日から一一月二日までの二八日間、江南市大字古知野所在の昭和病院において、付添看護を必要とする診断をうけ、その間家政婦滝本花子に看護を依頼し、看護料金合計三六、六九七円を支払つたことが認められる。

二、入院雑費 一一、四〇〇円

〔証拠略〕によると、原告は、本件事故による傷害治療のため、前記昭和病院に昭和四二年一〇月二日から同年一一月二七日までの五七日間入院治療をうけたことが認められる。右入院期間中、少くとも一日当り二〇〇円の割合による入院雑費を要したことは、公知の事実であるから、結局右入院により合計一一、四〇〇円を要したものと認められる。

三、休業損失 二九四、〇〇〇円

〔証拠略〕を合わせ考えると、原告は本件事故当時乳牛七頭を飼育していたが、事故のため飼育が困難となり、うち五頭を、昭和四二年一〇月二日から同月六日までの間、獣医師岩井正忠に飼育してもらい、その料金一六、〇四〇円を支払い、さらに同月八日この飼育継続が困難なため、右乳牛七頭、時価一、〇五八、〇〇〇円相当のものを、家畜商江口善十に売渡したが、足もとをみられ、値切られたため七八〇、〇〇〇円でやむなく手離し、この差額二七八、〇〇〇円の損害をうけたことが認められる。結局原告の休業による損害は、合計二九四、〇〇〇円となる。

四、逸失利益 二、二四三、六三三円

〔証拠略〕を合わせ考えると、本件事故当時、原告方では、原告が主体となつて、乳牛飼育、農業、養蚕などを業とし、同居家族の妻、長男夫婦、次男は会社に勤務し、朝晩、日曜、祝日、農繁期などには、家族が原告の仕事を手伝つていたこと、事故当時、原告は、満六一歳の健康体であつたが、本件事故のため、前記認定のような傷害をうけ、労災等級七級四号に相当する後遺症を残していること、が認められる。以上の認定事実からすると、原告の逸失利益の算定にあたつては、原告の前記業務に対する家族の寄与率は少くとも二〇パーセントとし、原告の事故後の稼働可能年数七年、原告の後遺症による稼働能力喪失率五〇パーセントとするのを相当と認める。そこで、これらを前提とし、逸失利益を算定すると、次のとおりとなる。

(一)  乳牛関係 一、六〇九、四七六円

〔証拠略〕を合わせ考えると、原告は、昭和四一年中に牛乳二七、九七八・六キロを江南市草井酪農組合に出荷し、出荷価格一キロ当り平均四九円余、合計価格一、三七〇、〇〇〇円余の収入があつたものと認められる。右尋問の結果によれば、必要経費を控除した純利益は、右出荷価格の半額程度であつたと認められるから、純利益六八五、〇〇〇円から前記家族の寄与率二〇パーセントを控除した五四八、〇〇〇円について、前記原告の稼働能力喪失率を乗ずると結局原告の年間逸失利益は二七四、〇〇〇円となる。そこで、年間利益二七四、〇〇〇円を基礎とし、事故後七年間に得られる逸失利益を、ホフマン式計算法により、年五分の中間利息を控除して算出すると、その現価は一、六〇九、四七六円となる。

(二)  農業関係 二九三、七〇〇円

〔証拠略〕を合わせ考えると、原告は、事故当時畑二反四畝、田二反四畝を耕作していたことが認められる。

ところで、これら農業による所得がどれだけであつたかは明確でない。しかし、右尋問結果によると昭和四一年度の農業所得の納税所得申告額が一八〇、〇〇〇円程度であつたのが、昭和四五年度には一三〇、〇〇〇円程度となつたことが認められ、これからすると、右の差額年間五〇、〇〇〇円程度が、原告の労働能力喪失による減収分と認めるのが相当である。そこでこれを基礎として、事故後七年間の喪失利益を前記ホフマン式計算法によつて算出すると、その現価は、二九三、七〇〇円となる。

(三)  養蚕関係 三四〇、四五七円

〔証拠略〕を合わせ考えると、原告は桑畑二反六畝を耕作して養蚕を業とし、昭和四二年中に、村久野農業協同組合へ繭一三四・二キロを出荷し、出荷価格一キロ当り一、二〇〇円、合計一六一、〇〇〇円程度の収入を得ていたこと、このための必要経費としては、飼料の桑が見込まれるが、前記認定のように桑は原告が自作しているため、桑畑の肥料代として収入の一〇パーセント程度が必要とされること、などが認められる。そこで右収入から必要経費一〇パーセントを控除した一四四、九〇〇円について、家族の寄与率二〇パーセント、原告の労働能力喪失率三〇パーセントみて、年間喪失純利益五七、九六〇円を基礎として、事故後七年間の逸失利益を前記ホフマン式計算法によつて算出すると、その現価は、三四〇、四五七円となる。

五、慰藉料 一、五〇〇、〇〇〇円

原告の本件事故によつてうけた傷害の部位、程度、入通院状況、後遺症の内容、程度、その他諸般の事情を斟酌して、原告に対する慰藉料は、一、五〇〇、〇〇〇円をもつて相当と認める。

六、弁護士費用 三〇〇、〇〇〇円

原告が、本訴提起にあたり、訴訟代理人を委任し、訴訟遂行に要した費用は、本件事故と相当因果関係にたつ損害と認められるところ、その額については、本件訴訟の難易の程度請求額、認容額その他諸般の事情を考慮して、三〇〇、〇〇〇円を相当と認める。

七、損益相殺

以上の損害額合計四、三八五、七三〇円が原告の本件事故によつてうけた損害と認められるところ、原告が、自動車損害賠償責任保険金一九〇、二九六円の給付をうけたこと、は当事者間に争いのないところであるから、これを控除すると、四、一九五、四三四円となる。

第三、結論

してみると、原告の本訴請求は、被告に対し、本件事故による損害四、一九五、四三四円と、これに対する本件事故の翌日である昭和四二年一〇月三日から支払ずみまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担について、民事訴訟法九二条本文を、仮執行の宣言について、同法一九六条をそれぞれ適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 加藤義則)

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